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*十訓抄について
 編:未詳(六波羅二臈左衛門?)
 成立:鎌倉時代
 ジャンル:説話集

*登場人物
・成範卿:平安末期の歌人。
     平治の乱(1159)で父親が倒されたのに連座して、同年12月、下野国へ遠流される。
     永暦元年(1160)2月、赦免され、京へ戻ってくる。
・女房:成範卿に歌を詠んで差し出す。宮中に仕えている。
・小松大臣:平重盛。平清盛の子。保元の乱・平治の乱ともに父:清盛と出陣。

*あらすじ
父の失脚にともない、遠国へ流されていた成範卿は、赦免され、宮中へ参内した。
罪に問われる前の昔は、宮中でも地位が高い公卿で、女房の詰め所への出入りさえも許されていた。しかし今は許されない低い身分での参内である。
女房が、成範卿に歌を詠んで差し出した。
「(昔が)恋しいですか?」
成範卿が返歌しようとした時、小松大臣が来た。すばやくそこを離れようとして、灯籠の木の炭で、
「(昔が)恋しいですよ」
と一文字だけ書きかえて返歌し、そこを去った。文字一つだけで返歌したのは、見事であった。

*コメント
・謙譲語である「参る」、尊敬の助動詞「る・らる」や、尊敬の補助動詞(たまう)などが出てくる。
古文の敬語は複雑なため、誰から誰に向けての敬語であるのかをしっかり確認すること。

・和歌には、係り結びの「や」が記されている。
係助詞「や」には「疑問」「反語」の意味があるが、ここに出てきるのは「疑問」の「や」である。
成範卿の返歌によって、「や」は「ぞ」と書き換えられた。
係助詞「ぞ」は「強意(訳には反映させないが、強調の意味)」である。
女房から成範卿へ「宮中が恋しいか?」と和歌で聞かれたため、成範卿は和歌の「や」を「ぞ」に書き換え、「恋しいよ」と返したのである。

うちやゆかしき:係り結びによって、最後の「ゆかしき」は連体形になっていることに注意。
係り結び:係助詞「ぞ・なむ・や・か」→連体形、「こそ」→已然形


・「返事せんとて」の「とて」の扱いに注意する。
→現代語で「~と思う」「~と言う」の「と」と同じ使い方、つまり、「とて」の前には、句読点の「~。」を補うことができる。だから、「ん」は終止形。

・返歌を何故急いだのか。
成範は配流の後に召還された身であり、既に入り立ちの身ではない上、時の権力者は清盛の子である重盛にかわっていたため、分不相応だから急いで立ち去ろうとした

・「文字ひとつにて返し」:和歌の技法のひとつ「おうむ返し」

・「ありがたかり」
ク活用の形容詞「ありがたし」。「めったにない」。有難し、と漢字で書くと意味を類推しやすい。
現代の「ありがたい」とは意味が異なるので注意。



*現代語訳

成範の民部卿は事(=事件:平治の乱、権力者:平清盛、後白河上皇)があった後召還されて、宮中に参上なさった時に、昔は女房の入り立ちであった人が今はそうでもなかったので、たくさんいる女房の中からある女房が昔を思い出して、

雲の上(=宮中)は、以前(あなたがいた頃)と変わらないけれど(あなたが)見た、玉だれの中が見たいですか。

と歌を詠んで(御簾の下から)出したので、返歌をしようと灯炉のきわに寄った時に、小松の大臣が参上なさったので、
成範は急いで立ち去ろうとして、灯炉の火のかきあげの木の端で、「や」という字を消して、そばに「ぞ」という文字を書いて、御簾の中へ差し入れて出て行かれた。
女房がそれを取ってみると、文字一つで返歌をされていたのはめったにないことだった。



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2014.04.10 Thu l 高校古典 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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