☆古今著聞集について

成立:鎌倉時代(1254年)
編集:橘成季
ジャンル:説話集(事実に基づいて説話を集め、昔の思想を今に伝えるもの)
三大説話集:今昔物語集・宇治拾遺物語・古今著聞集

☆登場人物
・小式部内侍:和泉式部の娘。平安中期の歌人。
・定頼中納言:平安中期の歌人。歌人として名高い親を持つ。

☆あらすじ
歌人として有名な和泉式部が夫とともに都を離れていたとき。都で歌合(左右2つの組にわかれて、和歌を競う遊び)が行われた。
小式部内侍も歌合のメンバーに選ばれたが、定頼中納言はふざけて、
「お母さんのところへ、歌の代作をもらいに使いにやった者は戻ってきた?」と小式部内侍の部屋の前で声をかけた。
小式部内侍は、定頼中納言の衣の袖をつかみ、即座に優れた和歌を詠んで実力を示した。
定頼中納言はそれに仰天して逃げていった。
このことから、小式部内侍は歌人としての名声が確立した。

☆語句の読み
局(つぼね)・直衣(なほし)・理運(りうん)

☆歌の作法
・「歌合」
2つの組に歌人が分かれて、歌を提出。歌の優劣を判定して、勝ち負けを競う。
歌合のメンバーになることも名誉だが、そこでよい歌を詠んで賞賛を得ることで、さらに名声を得るのが目的。
・「返歌」
誰かに歌を贈られたりよみかけられたりしたら、歌で返事をする。この返事の歌が返歌。
あまりにもすばらしい歌には返歌をせずに、白紙を置くなどの作法もある。

☆歌の技巧
*技巧
・掛詞(かけことば)
同じ音で、意味の異なる語を用いて、2通りの意味を持たせる技。
「いくの」→生野(京都府北部の地名。京から丹後への道筋にあたる)・行く野(行く旅の野)
「ふみ」 →文(和泉式部からの手紙)・踏み(足を踏み入れる)
 掛詞を使い、地名(歌枕:大江山)を詠み込むことで、才気あふれる歌となった。
*接続助詞「ば」の訳し方
①未然形+「ば」=仮定条件(もし〜ならば、もし〜たら)
②已然形+「ば」=確定条件(〜ので、〜から、〜と)

☆小式部内侍の逸話
小式部内侍には、母である和泉式部に歌を作ってもらい、それを自作として発表しているという噂があった。
そこへ定頼中納言がちょっかいを出した。
「歌合に出す歌に困って、母親に代作を頼む使者を出したんだろ?使者は帰ってきたかい?」と。
小式部内侍は通り過ぎる定頼の袖をつかんで和歌で応酬し、歌人としての評判を得た。

歌合は出された題に対して歌人が歌を作って競い合うわけだけど、歌合の題には「兼題」と「当座」の二種類がある。
「兼題」は、あらかじめ題を与えて、歌を用意させるもの、
「当座」は、歌合本番で題を与えて即興で歌を詠ませるもの。
兼題であればあらかじめ別の人に作っておいて貰うことも可能。


☆現代語訳
和泉式部が、藤原保昌の妻として(夫の任地である)丹後に(都から)下っていた頃、都で歌合があった時に、(和泉式部の娘の)小式部内侍が、歌を詠む人に選ばれて、歌を詠むことになったのを、中納言定頼がふざけて小式部内侍に、
「(お母様のいらっしゃる)丹後へ使わした人はやってきましたか(代わりにお母様に作ってもらった歌は、あなたの元に届きましたか)」と言い捨てて、(小式部内侍のいる)局の前を通り過ぎたのを、小式部内侍が、御簾から半ば出てきて、(定頼の)直衣の袖を押さえて、

大江山や生野(といった、母のいる丹後)までの道は遠いので、まだ「踏み」というように、天橋立も踏んだこともありませんし、母からの「文(ふみ・手紙)」も見ていません。(母に代作をしてもらわなくても、私は自分で歌を作れます。)

と詠みかかった。
(定頼は)思わぬことに驚きあわてて「これはどういうことだ」とだけ言って、(小式部内侍の詠んだ歌に)返歌を詠むこともできず、袖を引っ張って、お逃げになった。
小式部内侍は、この一件以来、歌詠みの世界で、評判を得ることになった。
スポンサーサイト

2014.04.24 Thu l 高校古典 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://kuroneko100ten.blog.fc2.com/tb.php/236-f3d42a4b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)